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青森地方裁判所 昭和32年(ワ)167号 判決

原告 国

訴訟代理人 滝田薫 外二名

被告 上路里次郎 外三〇名

主文

一、被告上路里次郎、同杉本金之亟、同中村長右衛門、同大沢三太郎、同畑中甚吉、同中西権四郎、同宮本又左衛門は原告に対し、別紙目録記載の土地に対する同目録記載の各共有持分の移転登記手続をせよ。

二、原告に対し、

(イ)  被告椛山三之助、同斎藤兼松、同斎藤倉吉、同山田長太郎、同山理友太郎は各金四七、三四三円およびこれに対する昭和二七年九月一九日から完済に至るまで年五分の割合による金員

(ロ)  被告菊池政五郎、同玉谷力子、同斎藤きわは金四七、三四三円およびこれに対する昭和二七年一〇月一〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員

(ハ)  被告井戸向正蔵は金六五、七五四円およびこれに対する昭和三〇年二月五日から完済に至るまで年五分の割合による金員

(ニ)  被告井戸向きんは金一三、一五一円およびこれに対する昭和三〇年二月五日から完済に至るまで年五分の割合による金員

(ホ)  被告椛山嘉一郎は金一三、六七二円およびこれに対する昭和二七年九月一九日から完済に至るまで年五分の割合による金員

(ヘ)  被告山田三郎は金四七、三四三円およびこれに対する昭和二七年九月一一日から完済に至るまで年五分の割合による金員

(ト)  被告木本義雄は金四七三円およびこれに対する昭和一九年三月一五日から完済に至るまで年五分の割合による金員

(チ)  被告木本せつ、同木本タエは金三二、三五九円およびこれに対する昭和二八年二月二六日から完済に至るまで年五分の割合による金員

(リ)  被告玉谷キヨは金七八九一円およびこれに対する昭和二七年九月一九日から完済に至るまで年五分の割合による金員

(ヌ)  被告斎藤夕子、同玉谷兼太郎、同斎藤三次郎、同玉谷豊松、同菊池豊太郎、同山本辰五郎、同留目ちよ、同玉谷勝美は金一五、七八一円およびこれに対する昭和二七年九月一九日から完済に至るまで年五分の割合による金員の各支払をせよ。

三、訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

一、当事者双方の申立

原告は主文と同旨の判決を求め、被告等は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

二、請求の原因

(一)  別紙目録記載の土地(以下本件土地という。)は、昭和一八年当時被告上路里次郎外二〇名の共有に属し、その共有者および持分は次のとおりであつた。

被告 上路里次郎  持分一九分の二

同  杉本金之亟  同 一九分の二

同  中村長右衛門 同 一九分の一

同  大沢三太郎  同 一九分の一

同  畑中甚吉   同 三八分の一

同  中西権四郎  同 三八分の一

同  井戸向正蔵  同 一一四分の五

同  井戸向きん  同 一一四分の一

同  山田長太郎  同 一九分の一

同  山田三郎   同 一九分の一

同  木本義雄   同 三八分の一

同  木本さつ   同 七六分の一

同  木本タヱ   同 七六分の一

同  山理友太郎  同 一九分の一

訴外 宮本又右衛門 同 一九分の二

同  椛山由松   同 一九分の一

同  菊池丑松   同 一九分の一

同  斎藤貞蔵   同 一九分の一

同  斎藤倉松   同 一九分の一

同  椛山兼松   同 三八分の一

同  玉谷三太郎  同 三八分の一

(二)  原告(旧海軍省大湊海軍施設部)は昭和一八年中右土地を前項記載の所有者から代金一七、九九〇円四〇銭で買受け、その所有権を取得したが、その登記手続は未了である。右売買代金は終戦後間もなく被告等に支払済である。

(三)  訴外宮本又右衛門は昭和二三年九月二日死亡し、被告宮本又左衛門が相続により原告に対するその共有持分(一九分の二)移転登記義務を承継した、

(四)(イ)訴外椛山由松は昭和二〇年三月五日死亡し、被告椛山三之助が相続により原告に対するその共有持分(一九分の一)移転登記義務を承継したが、同被告はこれを昭和二七年九月一三日訴外山口初五郎に売渡し、同月一八日その共有持分移転登記をなし、

(ロ)  訴外菊池丑松は昭和二四年五月三一日死亡し、被告菊池政五郎、同玉谷力子、同斎藤きわが相続により原告に対するその共有持分(一九分の一)移転登記義務を承継したが、同被告等はこれを昭和二七年九月一五日訴外斎藤三次郎に売渡し、同年一〇月九日その共有持分移転登記をなし、

(ハ)  訴外斎藤貞蔵は昭和二〇年八月二三日死亡し、被告斎藤兼松が相続により原告に対するその共有持分(一九分の一)移転登記義務を承継したが、同被告はこれを昭和二七年九月一五日訴外山田長四郎に売渡し、同月一八日その共有持分移転登記をなし、

(ニ)  訴外斎藤倉松は昭和二〇年二月七日死亡し、被告斎藤倉吉が相続により原告に対するその共有持分(一九分の一)移転登記義務を承継したが、同被告はこれを昭和二七年九月一五日訴外山田長四郎に売渡し、同月一八日その共有持分移転登記をなし、

(ホ)被告井戸向正蔵はその共有持分(一一四分の五)を昭和三〇年二月四日訴外菊池重太郎に売渡し、同日その共有持分移転登記をなし、

(ヘ)  被告井戸向きんはその共有持分(一一四分の一)を昭和三〇年六月四日訴外菊池重太郎に売渡し、同日その共有持分移転登記をなし、

(ト)  訴外椛山兼松は昭和二一年二月二五日死亡し、被告椛山嘉一郎が相続により原告に対するその共有持分(三八分の一)移転登記義務を承継したが、同被告はこれを昭和二七年九月一五日訴外山口初五郎に売渡し、同月一八日その共有持分移転登記をなし、

(チ)  被告山田長太郎はその共有持分(一九分の一)を昭和二七年九月五日訴外山理豊太郎に売渡し、同月一八日その共有持分移転登記をなし、

(リ)  被告山田三郎はその共有持分(一九分の一)を昭和二七年九月七日訴外土門重夫に売渡し(同月一〇日その共有持分移転登記をなし

(ヌ)  被告木本義雄は、その共有持分(三八分の一)を昭和一九年三月一四日訴外木本みつよに贈与し、同日その共有持分移転登記をなし

(ル)  被告木本せつ、同木本タヱはその共有持分(三八分の一)を昭和二八年一月一〇日訴外木本要太郎に贈与し、同日その共有持分移転登記をなし、

(ヲ)  被告山理友太郎はその共有持分(一九分の一)を昭和二七年九月一五日訴外山理豊太郎に売渡し、同月一八日その共有持分移転登記をなし、

(ワ)  訴外玉谷三太郎はその共有持分(三八分の一)を昭和二七年九月一五日訴外菊池豊太郎に売渡し、同月一八日その共有持分移転登記をなした。

(五)  右被告椛山三之助外一五名および訴外玉谷三太郎はいずれも前記原告との間の売買契約により原告に対し本件土地の各共有持分移転登記をなすべき義務があることを知りながら故意にこれを他に二重に譲渡してその移転登記をなしたものであつて、これにより原告をして当該共有持分を失わしめたものである。右不法行為により原告は次のとおり各不法行為当時の持分の価格に相当する損害を蒙つた。

(イ)  被告椛山三之助の分、金四七、三四三円(反当金三、〇〇〇円)

(ロ)  同菊池政五郎、同玉谷力子、同斎藤きわの分、金四七、三四三円(反当金三、〇〇〇円)

(ハ)、同斎藤兼松の分、金四七、三四三円(反当金三、〇〇〇円)

(ニ)  同斎藤倉吉の分、金四七、三四三円(反当金三、〇〇〇円)

(ホ)  同井戸向正蔵の分、金六五、七五四円(反当金五、〇〇〇円)

(ヘ)  同井戸向きんの分、金一三、一五一円(反当金五、〇〇〇円)

(ト)  同椛山嘉一郎の分、金二三、六七二円(反当金三、〇〇〇円)

(チ)  同山田長太郎の分、金四七、三四三円(反当金三、〇〇〇円)

(リ)  同山田三郎の分、金四七、三四三円(反当金三、〇〇〇円)

(ヌ)  同木本義雄の分金四七三円(反当金六〇円)

(ル)  同木本せつ、同木本タヱの分、金三二、三五九円(反当金一〇〇円)

(ヲ)  同山理友太郎の分、金四七、三四三円(反当金三、〇〇〇円)

(ワ)  訴外玉谷三太郎の分、金二三、六七二円(反当金三、〇〇〇円)

従つて、右被告等および訴外玉谷三太郎は原告に対して右損害額を賠償すべき義務があるところ、訴外玉谷三太郎は昭和三〇年一二月四日死亡し、被告玉谷キヨが三分の一の相続分をもつて、被告斎藤夕子、同玉谷兼太郎、同斎藤三次郎、同玉谷豊松同菊池豊太郎、同山本辰五郎、同留目ちよ、同玉谷勝美が三分の二の相続分をもつて相続したので、被告玉谷キヨは金七、八九一円、その余の被告八名は金一五、七八一円の賠償義務を承継した。

(六)  かりに、被告椛山三之助、同菊池政五郎、同玉谷力子、同斎藤きわ、同斎藤兼松、同斎藤倉吉、同椛山嘉一郎について故意が認められず不法行為が成立しないとしても、同被告等は前記のとおりその共有持分を二重に譲渡してその移転登記を了したことにより、原告に対するその共有持分移転登記義務の履行を不能ならしめ原告に対し前記のとおりの損害を与えたものであり、右は債務者たる右被告等責に帰すべき事由によるものであるから、原告に対してその損害額を賠償すべき義務がある。

(七)  よつて、被告上路里次郎、同杉本金之亟、同中村長右衛門、同大沢三太郎、同畑中甚吉、同中西権四部、同宮本又左衛門に対し本件土地についての各共有持分の移転登記手続を求め、その余の被告等に対してはそれぞれ前記損害額およびこれに対する不法行為の日(もしくは登記義務の履行不能となつた日)の翌日から完済に至るまで法定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三、請求原因に対する被告等の答弁および抗弁

(一)請求原因事実中(一)、(三)、(四)の事実および(五)のうち訴外玉谷三太郎の死亡により被告玉谷キヨ外八名が原告主張のような相続分により相続したことは認めるが、その余の事実はすべて否認する。

(二)(イ)  旧海軍省大湊海軍施設部は昭和一七年六月頃からその共有者に無断で本件土地に立入り立木を伐採して建物建設の工事に着手したが、右工事進捗の途中同施設部から本件土地を一カ年坪金五銭の使用料で軍に使用させて貰いたいとの申入があつたので、当時の共有者はこれを承諾した。右については契約書は作成せず口頭だけで約束したものである。

(ロ)  昭和二〇年七月頃に至り同施設部から本件土地を買収したいから売つて貰いたいとの申入があり、当時の共有者は情勢上拒むことができずこれに応ずることとしたが、その際同施設部が本件土地に自動車車庫、兵舎、炊事場等を建設するため伐採した同地上の赤松立木約五、〇〇〇本の補償をして貰いたい旨を申入れ、同施設部もこれを諒承した。そこで両者立会の上右立木の切株数を調査することとなり同年七月一四日調査にとりかかつたところ、折柄米軍の空襲に遭遇したため中止となり、間もなく終戦となつた、従つて右の新な買収はうやむやとなり契約成立に至らなかつたのである。

(ハ)  終戦直後昭和二〇年八、九月頃本件土地の共有者の代表であつた訴外山田与八が右施設部から金一七、九九〇円四〇銭を受領したが、これは本件土地二九町九反八畝一二歩に対する年坪金五銭の割合による四年間の使用料に該当するものである

(ニ)  本件土地は旧海軍椛山飛行場に隣接する土地である。同飛行場は昭和五年頃設けられたものであるが、当時軍はその用地として田名部町字下平三七番原野一一六町をその所有者、熊野神社から買収し、また本件土地と時機を同じくして昭和一七、八年頃右飛行場拡張のため、訴外椛山由松外一三名所有の同町字前川目字尻釜の田約一一町歩を反当金三六〇円で、被告山田三部、同山理友太郎所有の畑約二町歩を反当金二七〇円で、訴外椛山由松外二名所有の原野約一町歩を反当金六〇円でそれぞれ買収したが、右買収土地についてはいずれもその頃所有権移転登記がなされている。これに反して本件土地について所有権移転登記がなされていないのは、これが買収されたものでないことを物語る証左である。

これを要するに、本件土地はその共有者から原告に対し一定の使用料をもつて使用させたものであつて、原告主張のように買収されたものではない。

(三)(イ)  かりに原店主張のように本件土地につき売買契約が成立したものとしても、右土地の代金として支払われた金一七、九九〇円四〇銭については、その後昭和二四年三月二五日戦時補償特別措置法(以下措置法という)による戦時補償特別税として右代金と同額の金額に延滞金五六二四円を附加して国庫に徴収されているものである。

(ロ)  しかして、本件土地の代金債権は措置法別表一の第六の「政府に対する物資の供給に対する対価たる戦時補償請求権(以下請求権という)」に該当するものであるから、同法第一〇条により一請求権毎に金一〇、〇〇〇円が課税価格から控除されるべきである。そして右請求権金一七、九九〇円四〇銭を当時の共有者の各持分に応じて按分すれば、右各共有者の有する請求権はいずれも右法定控除額に満たないものであることは計数上明らかである。そうだとすれば、本件土地売買についての右共有者の請求権については同法による課税の対象に包含されなかつたものである。

(ハ)  もし本件土地の譲渡が措置法別表一の第六にいう「物資の供給」に包含されないとすれば、その代金債権は同法別表一、二、三に揚げる請求権のいずれにも該当しない請求権というのほかなく、しかも右請求権は同法施行前に決済されたものであるから、同法第九条により全額が課税価格に算入されないものである。

(ニ)  以上いずれにしても、本件土地代金に対する戦時補償特別税の課税は措置法に違反してなされたのであることが明らかであるから、当然無効というべきである。

(ホ)  原告は本件土地の売買代金としてその共有者に支払つた金額を右のように無効な課税処分により回収したのであり、これは明らかに原告の権力を濫用した背信行為というべきである。よつて被告等は本訴において本件土地売買契約解除の意思表示をする。

(ヘ)  かりに右契約解除の主張か理由がないとしても、前述のような事情からすれば、原告はその権力を乱用して本件土地の代金を回収したものであり、結局原告は右代金の支払をして一いないことに帰着する。よつて被告等は原告から本件土地の売買代金の支払を受けるまで本件共有持分移転登記義務の履行を拒むことができるものである、

(ト)  次に原告の本件土地代金につきその共有者に対してした課税処分は前述のとおり違法であり無効であるから、原告はこれにより徴収した金額をその共有者およびその相続人たる被告等に返還すべき義務がある。しかもその返還額は納税額を標準とすべきではなく、納税時と現時との貨幣価値の変動に従つてスライドして計算した額によるべきであり、これによるときはその返還額は金一、〇〇〇、〇〇〇円が相当である。よつて、原告主張の如く被告等に損害賠償義務があるとしても、原告に対する右の反対債権をもつて対等額において相殺の意思表示をする。

(四)  かりに本件土地売買代金に対する前記戦時補償特別税の課税が違法でないとしても、右代金債権は双務契約たる売買契約により生じた請求権であり、かつこれに対して戦時補償特別税を課せられたのであるから、措置法第六二条により納税義務者はその請求権の対価たる給付で未だ履行されていないものはこれを履行する必要はないのである。しかして、原告の主張する被告等の本件共有持分移転登記手続は右法条の請求権の対価たる給付のうちその重要な一部をなすものであることはいうまでもない。すなわち被告等は右規定により原告に対する右移転登記義務を負わないものというべきである。

(五)  最後に、原告は被告等の本件土地の共有持分の二重譲渡およびその移転登記の完了による不法行為に基く損害賠償を請求するか原告は右登記完了のときにおいて右不法行為の事実を知つたものというべきである。けだし、登記は権利の変動を一般に公示するためにこれをなすものであり、また登記機関が国の機関であることから見ても、右の登記がなされた以上原告たる国は右の登記の事実を知らないとは言い得ない筈であるからである。そうとすれば右不法行為に基く損害賠償請求権は右登記完了の時から三年を経過することにより時効により消滅したものであるから、被告等はこれを援用する。

四、被告等の主張に対する原告の主張

(一)  被告等主張の前記三の(二)の事実中旧大湊海軍施設部が昭和一八年六月頃から本件土地において建物建設の工事に着手し、その後自動車車庫、兵舎、炊事場等の建物を建設したこと、原告が昭和二〇年八月頃訴外山田与八に対し金一七、九九〇円四〇銭を支払つたこと、原告が旧海軍椛山飛行場用地として、昭和五年、熊野神社から被告等主張の原野を買受け、昭和一八年頃訴外椛山由松外数名から被告等主張の田を、被告山田三郎等から被告等主張の畑(ただしその代金は一反歩金二一〇円である。)を、訴外椛山由松等から被告主張の原野をそれぞれ買受け、その頃いずれもその所有権移転登記をしたことは認めるが、その余は争う。前記建物建設の工事は当時本件土地の共有者の承諾を得た上で着手したものである。また前記原告の支払つた金一七、九九〇円四〇銭は本件土地の買受代金であつて、当時実測の上一反歩金六〇円の割合で算定したものである。なお旧、椛山飛行場拡張のため昭和一八年頃原告が買受けた土地で未登記のものは本件土地のほかにも若干あつたのである。

(二)  被告等主張の前記三の(三)の抗弁事実中、本件土地代金一七、九九〇円四〇銭につき当時の共有者が被告等主張のとおり右と同額の戦時補償特別税および延滞金五、六二四円を国庫に納入したことは認めるが、その課税処分には被告等の主張するような違法はない。すなわち、措置法別表一の第六にいう「物資の供給」といううちには本件の如き不動産の譲渡は含まれないと解すべきであるから、同法第一〇条の適用はなく、課税価格の控除がなされなかつたことは違法ではない。従つて右課税処分の違法無効を理由とする被告等の主張は理由がない。かりに右課税が違法であつたとしてもそれは本件売買契約とは別個になされたもので、右売買契約に何等の影響を及ぼすものではなく、被告等の主張するように契約解除の原因となるものではないから、右解除は効力がない。またこれによつて原告の代金支払の効果が失われるものでもないから、登記事務の履行を拒むいわれもない。

(三)  被告等主張の前記三の(四)の抗弁については、本件土地の売買においてはすでに当時の共有者から原告に対して現実に引渡がなされていたものであるから、措置法第六二条第二項にいう請求権の対価たる給付はすでに履行されていたものというべきである。物権変動の対抗要件たるにすぎない登記手続は同法にいう請求権の対価たる給付には当らないものと解すべきである。

(四)  被告等主張の前記三の(五)の抗弁については、原告は被告等に対し本件土地の共有持分移転登記を求めるべく昭和三〇年八月一六日頃その登記簿を閲覧し初めて被告等の二重譲渡による移転登記がなされている事実を知つたのであるから、右不法行為による損害賠償請求権の消滅時効はその時より起算されるべきであり、従つて時効は完成していない。

五、立証〈省略〉

理由

一、本件土地が昭和一八年当時原告主張のように被告上路里次部外二〇名の共有に属していたこと、その共有持分がそれぞれ原告主張のとおりであつたことは当事者間に争がない。次に右土地に関し原告と右共有者との間に原告主張のような売買が成立したかどうかについて考える。

(一)  証人高橋堅吉の証言によれば、旧海軍省大湊海軍施設部は昭和一八年五月頃海軍大臣の訓令に基き青森県下北郡田名部町所在の旧椛山飛行場(当時不時着陸場)を拡張することとなり、本件土地を含む同飛行場周辺の土地を買収する計画を樹て、現地に飛行場建設工事事務所をおき、買収予定地の実測図を作成させその買収につき所有者と折衡させたが容易にその承諾を得ることができなかつたこと、そこで同施設部財産係用地買収班の係員であつた高橋堅吉が現地に赴き、その所有者に対して繰返えし説得した結果遂に買収についての承諾を得たこと、その際本件土地についてはその共有者たる部落民の代表者数名が出席していたこと、右高橋は右の者等から本件土地についての着工承諾書を徴したこと、同施設部はこれに基き本件土地に建物建設の工事に着手したことが認められる。

(二)  前記大湊海軍施設部作成の支払証憑書類の写真であることならびに右原本の成立につき争のない甲第八号証の一ないし三および証人柳谷豊太郎の証言によれば、昭和二〇年八月終戦により海軍が解体されることとなつたため、同施設部においても急拠財産整理を行うこととなつたが、当時本件土地の買収代金は未払のままであつたので、同年八月二三日同施設部財産係に保管されていた本件土地の買収関係書類により土地調書(甲第八号証の三)を作成し、その頃同施設部経理部から右土地の共有者の代表であつた山田与八に対し右買収代金として金一七、九九〇円四〇銭を支払つたこと、右金額は本件土地二九町九反八畝一二歩につき反当り金六〇円の単価により算定されたものであること、右単価は当時同施設部財産係主任片山某が時価を調査し土地所有者等とも折衝して決定したものであることが認められる。

(三)  成立に争のない甲第三号証によれば、昭和二七年六月六日当時の本件土地の共有者である被告山田三郎外一七名から東北財務局青森財務部大湊出張所長に対し戦争中本件土地を旧海軍に代金一七、九九〇円四〇銭で売渡し、右代金は終戦後支払われたがその後戦時補償特別税として同額の税金を賦課徴収されたことを理由として本件土地の返還を求める旨の陳情書が提出されていることが認められる。

以上認定の事実から考えると本件土地は昭和一八年五月頃旧海軍省大湊海軍施設部の申出により当時の共有者であつた被告上路里次郎外二〇名から旧海軍省に売渡され、その代金はその後反当り金六〇円合計金一七、九九〇円四〇銭と決定され、右被告等はこれを承認しその支払を受けたものと認定することができる。

もつとも、被告等は右売買契約締結の事実を否認し、「本件土地は昭和一七年頃一カ年坪五銭の使用料をもつて海軍に使用させたものであつて、昭和二〇年八月に受取つた金一七、九九〇円四〇銭は四年間の使用料である。その間昭和二〇年七月頃改めて買収の申入があつたが、本件土地上の立木補償に関し調査が未了となつたため契約成立に至らなかつた。」旨主張し、証人山田長四郎、被告山田長太郎、同山田三郎、同木本義雄法定代理人木本要太郎は右主張に沿う供述をしているが、被告山田長太郎の尋問の結果によれば、当時本件土地の共有者代表として軍と折衝したのは亡訴外山田与八、同椛山由松、同斎藤貞蔵であり、右証人等の供述はいずれも伝聞に基くものであることが窺われるのである。のみならず、被告等主張の事実中、昭和二〇年七月頃前記施設部において伐採した本件土地の松立木の補償をすることとなり共有者代表立会の上で伐根調査にとりかかつたところ空襲のため中止となつた事実は、前記木本要太郎の供述により肯認し得るけれども、それが当時同施設部から新に本件土地買収の申入があつたことによるものであることを認め得べき確証はない。また前記金一七、九九〇円四〇銭が本件土地に対する四年間の使用料であるとの主張も、当時の価幣価値から見て高額に過ぎる感があり、かりに被告等主張の如く昭和一七年六月頃から終戦までの使用料としても、その間三年三ヵ月に過ぎず、これに対して四年間の使用料を支払うことはつじつまが合わない。却つて本件土地と同時期に訴外椛山由松外二名から買収された近隣の原野約一町歩の買収価格も反当金六〇円であつた事実(この事実は当事者間に争がなく被告山田長太郎の供述によつても認められる。)から見ても、右金額は本件土地の買収価格として算定されたものということができる。以上の点からして前記証人および被告等の供述はたやすくこれを信用し難い。

なお被告等は旧椛山飛行場用地として買収された田、畑、原野等は当時いずれも所有権移転登記がなされているのに拘らず本件土地について所有権移転登記がなされていないことをもつて、本件土地が買収されたものでないことの証左であると主張するけれども、成立に争のない甲第二号証によれば、同飛行場の敷地として買収された土地で終戦当時までに所有権移転登記の未了であつた土地にも多数存することが認められるのであつて、右被告等の主張は考慮に値しない。その他被告等の援用する全証拠によつても、前記認定を覆えすに足らない。

そうすると、原告は右売買契約により本件土地の所有権を取得したものというべく、その共有者であつた前記被告上路里次郎外二〇名は原告に対しその共有持分移転登記をなすべき義務を負担したものといわなければならない。

二、被告等は、「本件土地代金についてはその後昭和二四年三月二五日戦時補償特別税として右代金と同額の金一七、九九〇円四〇銭と延滞金五六二四円が課税徴収されたが、右課税は措置法第一〇条に規定する課税額の控除について考慮が払われていないから、同条もしくは第一一条の規定に違反し無効である。」と主張し、これを前提として、「右課税処分による本件売買代金の回収は原告の権力を濫用した背信行為であるから本訴において本件売買契約を解除する。」旨主張し、本件土地代金につき右日時に右金額が戦時補償特別税として課税されたことは原告の認めるところであるが、右課税につき被告等の主張する違法性を争うからこの点について判断する。

本件土地売買代金債権が措置法にいう戦時補償請求権に該当することは同法第一条に照らし明白であり、右は同法別表一の第六にいわゆる「政府に対する物資の供給に対する対価たる請求権」に該当するものと解すべきである。(原告は右の「物資の供給」には不動産の譲渡は含まれないものであるというが、同法の規定全般から見て右の文言をそのように制限して解釈しなければならない根拠は見出し難い。)そうすると本件代金請求権については同法第一〇条により一請求権ごとに金一〇、〇〇〇円が課税価格から控除されるべきであるが、同条にいう一請求権とは「一の命令処分又は契約により生じた請求権」をいう(同法施行規則第十七条第四号)のであるから、本件代金請求権は全体として同条にいう一の請求権と見るべきであつて、被告等の主張するように各共有者の持分に応じて分割されたものをそれぞれ一請求権とみなすべきではない。ところで同法第一一条によれば、同法第一〇条の規定は同法第一四条に規定する申告期限内(同法施行規則第二五条により昭和二一年一二月一四日と指定された。)に同条の規定による申告書の提出がない場合には適用されないことと定められており、本件請求権につき右期限内に右の申告書の提出がなされなかつたことは弁論の全趣旨により明らかであるから、結局本件請求権については同法第一〇条の規定の適用はないこととなる。そうだとすれば、これについて同条による課税額の控除がなされなかつたとしても何等違法ではない。右課税処分の違法無効を前提とする被告等の主張は理由がない。

かりにこの点を論外としても、右課税処分は本件土地売買とは全く別個の行政処分であつて、右処分が無効であるとすればこれに基く課税額の返還を請求しうるのは格別、私法上の契約である本件売買契約の解除原因となるものではない。いずれにしても、被告等の契約解除の主張は採用できない。

三、次に被告等は、「右課税により原告は本件土地代金を回収し、結局その支払をしていないことに帰するから改めてその代金の支払を受けるまで被告等は本件土地の登記義務の履行を拒むことができる。」旨主張するが、前段説示のとおり右課税処分は措置法に基く適法な課税処分であり、本件売買契約とは別個の行政処分であるから、これをもつて一旦支払われた本件売買代金が回収されその支払がない状態に復元したものと解することができない。被告等の右主張も理由がない。

四、次に被告等は、措置法第六二条第二項の規定を採用して被告等の原告に対する本件土地の登記義務の存しないことを主張する。同条項は「双務契約により生じた戦時補償請求権について戦時補償特別税を課せられた場合においては、納税義務者は、他の法令又は契約にかかわらず、その戦時補償請求権の対価たる給付でこの法律施行の際まだ履行されていないものについてはこれを履行する必要がない」と規定する。そして不動産の売買の場合において売主の有する代金債権の対価となるものは直接には目的不動産を買主に移転すべき義務であり、該不動産の引渡義務もしくは登記義務は右の所有権移転義務に随伴するものというべきである。されば右法条にいう請求権(代金債権)の対価たる給付とは、国に対する不動産の売買の場合においては、右請求権と直接対価関係にある所有権移転行為自体を指すものと解すべきであり、これに随伴する義務である引渡もしくは登記義務の履行行為をいうものではないと解する。蓋しもし被告等のいうように登記義務の履行行為をも右法条の請求権の対価たる給付にあたると解するならば、所有権は国に移転していながら登記未了の場合には、国は永久に売主に対してその登記の移転を求めることができないという不合理な結論に到達せざるを得ないからである。しかして本件売買の目的物は特定物たる土地であるから、所有権留保の意思の認められない限り、売買契約成立と同時にその所有権は原告に移転されたものというべきである(当時その引渡がなされたことから見ても所有権は移転されたものと認められる。)すなわち前記法条にいう請求権の対価たる給付はすでに履行されていたものであるから、この点に関する被告等の抗弁もまた理由がない。

五、前記の如く原告に対し本件土地の共有持分移転登記義務を負担するに至つた被告上路里次郎外二〇名の共有者のうち、前記事実摘示二の(三)および(四)の(イ)、(ロ)、(ハ)、(ニ)、(ヘ)記載のとおり訴外宮本又右衛門、同椛山由松、同菊池丑松、同斎藤貞蔵、同斎藤倉松、同椛山兼松が死亡し、被告宮本又左衛門、同椛山三之助、同菊池政五郎、同玉谷力子、同斎藤きわ、同斎藤兼松同斎藤倉吉、同椛山嘉一郎が、それぞれ相続したことは当事者間に争いがないから同人等はこれにより右登記義務を承継したというべく同二の(四)の(イ)ないし(ワ)記載のとおり被告椛山三之助、同菊池政五郎、同玉谷力子、同斎藤きわ、同斎藤兼松、同斎藤倉吉、同井戸向正蔵、同井戸向きん、同椛山嘉一郎、同山田長太郎、同山田三郎、同木本義雄、同木本せつ、同木本タヱ、同山理友太郎、訴外玉谷三太郎がそれぞれの共有持分を訴外山口初五郎外数名に譲渡しその移転登記をしたことは当事者間に争がない。

六、右被告椛山三之助外一五名の各共有持分譲渡は原告に対する本件売買と重複してした二重譲渡であり、かつその移転登記を完了することによりその新取得者に対し原告は当該持分の取得を対抗し得ずこれを失うに至つたものである。右被告等のうち被告井戸向正蔵、同井戸向きん、同山田長太郎、同山田三郎、同木本義雄、同木本せつ、同木本タヱ、訴外玉谷三太郎は本件売買契約当時の共有者であるから、原告に対する前記登記義務の存することを知りながら故意に前記二重譲渡をしたものと推定すべく、原告に対し不法行為の責を免れない。その余の被告椛山三之助、同菊池政五郎、同玉谷力子、同斎藤きわ、同斎藤兼松、同斎藤倉吉、同椛山嘉一郎はいずれも本件売買契約当時の共有者ではなくその相続人であるから、前記二重譲渡にあたり原告に対する前記登記義務の在することにつき当然故意に推定することはできず、他これを認めるべき証拠もないから、同被告等の行為については不法行為をもつて目することはできない。しかし、同被告等も原告に対し登記義務を負担しながら前記二重譲渡によりこれを不能ならしめたものであり、反証のないかぎりは右は債務者たる同被告等の責に帰すべき事由によるものというべく、債務不履行の責は免れない。よつて右被告等は右二重譲渡により原告の蒙つた損害を賠償すべき義務があるものである。

七、次に右被告等の二重譲渡により原告の蒙つた損害額は、右行為当時の持分の価格によつて算出すべきであり、成立に争のない甲第五号証および証人大場春造の証言によれば、本件土地の価格は昭和一九年当時は反当金六〇円、昭和二七年当時は反当金三、〇〇〇円、昭和二八年当時は反当金四、一〇〇円、昭和三〇年当時は反当金五、〇〇〇円であつたことが認められ、これによつて前記被告等の各持分に応じてその額を算出すれば、

(一)  被告椛山三之助、同斎藤兼松、同斎藤倉吉、同山田長太郎、同山田三郎、同山理友太郎の分は各金四七、三四三円

(二)  被告菊池政五郎、同玉谷力子、同斎藤きわの分は金四七、三四三円

(三)  被告井戸向正蔵の分は金六五、七五四円

(四)  被告井戸向きんの分は金二二、一五一円

(五)  被告椛山嘉一郎、訴外玉谷三太郎の分は各金二三、六七二円

(六)  被告木本義雄の分は金四七三円

(七)  被告木本せつ、同木本タヱの分は金三二、三五九円

となる。よつて右被告等は原告に対し右金額を賠償すべき義務がある。右のうち訴外玉谷三太郎が昭和三〇年一二月四日死亡し、被告玉谷キヨが三分の一の相続分をもつて、被告斎藤夕子、同玉谷兼太郎、同斎藤三次郎、同玉谷豊松、同菊池豊太郎、同山本辰五郎、同留目ちよ、同玉谷勝美が三分の二の相続分をもつて相続したことは当事者間に争がないから、被告玉谷キヨは金七、八九一円、その余の被告八名は金一五、七八一円の賠償義務を承継したものである。

八、被告等は右損害賠償債務に対し、前記戦時補償特別税の賦課の違法無効を前提として原告に対する納税額返還債権を主張しこれにより相殺する旨抗弁するが、右課税処分の違法でないことは前述のとおりであるから、右被告等の抗弁はその余の点につき判断するまでもなく理由がない。

九、次に被告等は、右不法行為に基く損害賠償債権につき消滅時効を援用する旨主張するけれども、証人大場春造の証言によれば、本件土地を管理する東北財務局青森財務部大湊出張所において本件土地の前記被告等の共有持分が二重譲渡により他に移転登記がなされていることを知ったのは昭和三〇年六月頃であることが窺われ、原告はこれによつて初めて右不法行為の事実を知つたものというべきであるから、消滅時効(三年)は未だ完成していないものというべきである。被告等は登記が権利の公示のために設けられた制度であることおよび登記機関が国の機関であることを理由として、登記完了のときから時効期間を起算すべき旨主張するけれども、本件の如く不動産の買主たる国が売主の二重譲渡による不法行為のあつたことを知つたというためには、管財機関において二重譲渡による登記完了の事実を現実に認知することを要するものというべきである。けだし、登記機関において該登記の事実を知ったとしても、それが不法行為を形成すべきことを知る由がないからである。被告等の右抗弁も理由がない。

一〇、よつて、被告上路里次郎、名杉本金之亟、町中村長右衛門、同大沢三太郎、同畑中甚吉、同中西権四郎、同宮本又左衛門に対し本件土地に対する別紙目録記載の各共有持分の移転登記手続を求め、その余の被告等に対しそれぞれ前記損害額およびこれに対する二重譲渡による登記の日の翌日から完済に至るまで法定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺忠之)

目録〈省略〉

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